アレルギーっ子ママで天使ママのつれづれ日記    卵・乳除去コピー給食(小学校)と、卵・乳・魚類除去コピー給食(幼稚園)の2種類を頑張り中 
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3月11日 その1
2011年03月18日 (金) | 編集 |
あの日。
卒園式を週明けに控えたぼーずの幼稚園は午前保育でした。
私は、ぼーずを12時半ころ、いつものように園バスにお迎えに行きました。

このことを、私は、今とてもありがたく思っています。
あの日、もし、ぼーずの園が普通保育だったなら。
地震発生の時間、ぼーずは園バスの中だったはずですから。


ぼーずの帰宅から、姫の帰宅までのほんのちょっと空いた時間に、私は、ぼーずをつれて、車で15分ほどの大きなショッピングモールへ行きました。

そして、そこで被災しました。


歩いていて、突然耳慣れない音が携帯から鳴りました。
後からわかりましたが、それが緊急地震速報でした。

確認するまもなく、鈍い音を立て縦揺れが始まり。

たまたま外への出口の近くにいたのでそのまま外へとぼーずの手を引いて外へ出たとたんのことでした。


横揺れ、横揺れ、大きく体がうねるようでした。
ぼーずの両手をつかみ、にじるように動いて建物から離れたとき、この世のものとも思えない音を聞きました。

目の前で立体駐車場が、大きくうねりながら揺れています。
その駐車場の金属製の壁が、揺れながら軋みをあげて大きな音を立てています。

ガシャーン!!!ガシャーン!!!ガシャーン!!!
その、耳を貫くような工事現場の真ん中にいるような金属音が、恐怖を駆り立て、いずれ必ず来るといわれていた宮城県沖地震がとうとうきたんだな、と、そのときは思っていました。

駐車場の中のサイドブレーキを引いていなかったと思しき車が、揺れにあわせてじりじりと前に出てくるのが見えます。

振り返れば、今出てきたショッピングモールの外壁が、下から上へ向かって大きくうねりながら揺れています。

治まるか、治まるかと思うと揺り返し、揺れの向きを変えながら、大きな揺れの波は、3度襲ってきたのがわかりました。

自分の住まいも、今いるところも、高台ではあるものの、津波の恐怖が頭をよぎり、同時に原子力発電所は大丈夫か、とも思いました。
その両方の懸念が現実のものにならないでほしいと祈りながら。

手を握るぼーずが無事でも、学校の姫はどうしているか、会社にいるだんなはどうしているか。

目の前の立体駐車場には、自分の車も停めてあります。
もし車がつぶれたら、姫をどうやって迎えに行けばいいのか。

と、揺れにあわせて足元からすぐそばのアスファルトが浮き上がってくるのが見えました。

ボゴン、ボゴン、ボゴン。

地割れへの恐怖に、再びぼーずを両手を握る手に力を込めて、にじるように横に数歩ずれました。

「もうちょっとこっちに、もうちょっとこっちに。大丈夫だから。」

そう言って動きながら、地震の揺れの尋常ではない長さに現実感が遠のいていくような感じがしました。


後から、5分ほども揺れ続けていた、と聞きました。

5分の揺れ。

本当に現実感がもてない長さです。

それでも、永遠とも思う揺れが治まり、周りを見回すと、後ろのモールから呆然とした人々がどんどん外に出てくるのが見えました。
しゃがみこんで泣き出す人、ただ立ち尽くす人、足が震えるのか支えあって歩く人。


みんなが車に乗り込んだら、いつこの駐車場を出られるかわからない。


ぼーずの手を握りしめ、私は早足で車へと向かいました。

余震の恐怖もありました。
でも、最初の揺れを持ちこたえた立体駐車場が、すぐに倒れるとも思われず、かといってずっとそのままかどうかもわからないから、とにかく今動かなければと、ぼーずを引っ張るようにして小走りに車に向かいました。

幸いに、出口のそばに停めていましたから、そのまま渋滞もせずに駐車場を出られました。

ぼーずが、「おとなのひとも、ないてた」とつぶやきました。
バックミラー越しに見ると、目が真っ赤でした。
ぽろぽろと涙がこぼれています。

「こわかった?」と聞くと、無言で頷きます。

「こわかったね。でも、今は泣かないで。お姉ちゃんが、待ってるから。」

そういうと、ぼーずはやはり黙って頷き、手の甲で涙をぬぐっていました。


そこまで見届けて、一般道へ出たとたん、目に飛び込んできたのは明かりの消えた信号機。

余震への不安から、スピードを緩めて走りながら、どうやって交差点を超えようかと途方にくれましたが、案じることはありませんでした。

特に渋滞ということもなく、信号のところでは一定の間隔で、まるで見えない信号機があるかのように、譲り合いながら車が道を通っていきます。
その流れに乗り、周りに合わせて止まったり動いたりしているうちに大きな幹線道路を越えて、自分の家のある団地までは一本道というところまできました。

そこまで来る間にも、ふわっと体が浮くような余震の感覚がありますが、とにかく姫の顔を見るまではというその一念で車を走らせました。

家に着き、近所の人に聞くと、やはり学校ではみんなが緊急災害時の引き取りを待っている様子とのこと。
いつもなら入るはずのメール連絡は届いていません。
この時点で、すでに携帯はつながりにくくなっていました。
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