アレルギーっ子ママで天使ママのつれづれ日記    卵・乳除去コピー給食(小学校)と、卵・乳・魚類除去コピー給食(幼稚園)の2種類を頑張り中 
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3月11日 その2
2011年03月18日 (金) | 編集 |

近所の人と一緒に、小走りで学校にたどり着き、一年生のかぶる黄色い帽子を目当てに姫のところにたどり着いたとき、姫は、目を真っ赤にして泣いていました。
人相が変わっていました。
こんな顔をして泣いているのは、今まで見たことがなかった。

姫が私を見つけた瞬間、その顔に張り詰めた糸が切れたように、その場で号泣…。
抱きしめても泣き止まず、でも、そのそばではまだ親御さんが来ていないクラスメートが沢山います。

大丈夫だから、落ち着いて、と、何度も声をかけ、仕舞いにはつい、みんな頑張ってるんだから泣かないの!と、ちょっときつく言ってしまいました。
そんなこといったって、怖いのはわかるのに。

それから、子供たちを連れて家に帰ると、心配した、実家の母の姿がありました。
母の顔を見たら、私もほっとして…。
母は、家族みんながとりあえず無事だと教えてくれました。

家に入ると、玄関の飾り棚においていたガラスの置物が落ちて割れているのが見えました。

食器棚の食器も少し落ちて割れていましたし、あちこちの引き出しが開いていました。
でも、とりあえずすむのに困るような不便はなさそうだとわかりました。

このときは、まだ、止まっていたのは電気だけでした。
水は出ていたし、実家ではガスも出ていたそうです。

とりあえずの割れ物だけを箒とちりとりで片付けて、外に出ると、近所のスーパーは閉めてしまったようでした。
開いているお店を探し、近くのコンビニにたどり着くと、中はすでに大行列。
それでも、なんとか、パックのご飯と、食べられるおやつ、それに単四の電池、ぺヤングのカップやきそばを買い込みました。
ちなみに、卵・乳・魚がNGでも、小麦・大豆が大丈夫なら、この焼きそばは食べられます。
コンタミはありますが。

どんなものでも、非常時に食べられるかどうか原材料を確認するのが癖になっていた自分が、今まさに、非常食としてカップ焼きそばに手を伸ばすことに、現実感を伴わず、今自分が置かれている状況が信じられません。

そして、この瞬間が、なんでもものを手に入れたければ、何時間でも行列に並ばなければならないという今も続く状況の最初の一歩でした。

このとき、携帯のワンセグで、チラッとニュースを見ました。
停電がいつまで続くか分かりませんでしたから、充電がなくなるのが怖くて、ほんの一瞬でしたが。
それでも、大津波警報という信じられない文字と、10m以上、すでに到達、の繰り返されるアナウンスに絶句。

海辺に住む友人たちの顔が次々に脳裏に浮かび、頭がふらふらします。

何度かつなぐたびに、入ってくる情報は、想像を絶するもので体が震えます。

狭いコンビニで、2時間ほど並んだでしょうか。
だんだん暗くなっていく店内、外では吹雪のように雪が舞い、しばらくするとヘリコプターの音がひっきりなしに聞こえはじめました。

次第に、家族から無事を知らせるメールが届き始めました。
通話はぜんぜんだめでした。
171にも、まったくつながりません。
メールも、何度もトライしてつながるときもある、という感じで。

それでも、私もパパも、親兄弟の無事はなんとか確認でき、ほっとしました。
みんな住まいは山よりの高台だったので、津波の不安は少なかったとはいえ、無事を確認すると本当にホッとしました。

コンビニでは、みんな、おとなしく並んでいました。

停電でバーコードを読めなくなったので、店員さんが一人、並んでいる人のかごの中身を一つ一つ調べて回り、値段を確認するので、待ち時間がすごく長かったのです。

周囲の人と「こんなときでも、並ぶ。値段を確認する。やっぱり日本人だね」と、自嘲まじりにつぶやきあいました。
あまりに長い待ち時間に、お客の中から「おつりなんかいらない、万札おいていくからこのまま出してくれ!」という声も上がりましたが、店員さんが、それはできない、こちらも確認が必要なのでと返せば、いらだちながらも並んでいました。

そして、そんなコンビニに、時間で出勤してきたと思しきバイトさんが数人入ってきました。

こんなときでも時間が来ればバイトに来る。

それは、日本人だから、ということとともに、停電で情報が遮断された中で、みんなの意識がまだ地震前の日常の中にい続けていたという証明でもあったんだろうと思います。

少しの電池(単三かと思ったら単四でした…)と、パックのご飯、もち、カップやきそば、おやつなど、なんとか買い物をしました。

ちなみに。
このとき買ったもののうち、停電の最中に口にしたのは焼きそばとおやつだけでした。
停電後には、もちは役に立ったのですが、断水・停電の中ではパックのご飯は意外と使い勝手が悪かったです。
しかも、やきそばは味がきつくて子供たちには辛すぎたようでした。

買い物を終えて外に出たら、もうだいぶ日が傾いて、震災後の最初の夜が、私たちに迫りつつありました。

停電の夜の不安は、まだ、私たちを捕まえてはいませんでした。
けれど、それはもう、本当にすぐそこまで迫っていたのです。
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