アレルギーっ子ママで天使ママのつれづれ日記    卵・乳除去コピー給食(小学校)と、卵・乳・魚類除去コピー給食(幼稚園)の2種類を頑張り中 
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このときに戻りたい?
2007年10月26日 (金) | 編集 |
「このときに戻りたい」というときってありますか?
という質問ってありますよね。

そんな時ないなー、どんな楽しいときでも、どこかにわずらわしいこともあったりしたし、一度で十分。
過去に戻りたいなんて思わない。

と、ずっと思っていた私ですが。

今は、あの日に戻りたいと思う日が、あります。
天使君が生まれた日。

個人的な思い出です。


原因不明の子宮内心停止と言われたのは、予約していた定期健診でのことでした。
前夜までは元気いっぱいだったのに、いつ胎動がとまったのか、分かりません。
いつもすごく混んでいてその日も2時間待ちだった待合室で本を読みながら、そういえば今日は随分静かだな、と思ったことは覚えています。

30wだったので促進剤を入れて分娩する、ということになりましたが、なかなか薬が効かず3日がかりになりました。

その病院は全国でも有数の、出産件数の多い病院でした。
処置が始まる前に、婦長さんに「生まれたら赤ちゃんと会ってあげましょうね」と、言われました。

会う、と聞いた瞬間に感じたのは拒絶反応だったと思います。
なかなか産んであげられないでいた時間の間も、そんなことが出来るのか、会ったりしたらよけいに傷つくのではないかと、逡巡があったと思います。

あまり覚えていないけれど。

頭の中にめぐった様々な感情や後悔。
苦しくて、痛くて、泣いて泣いて泣いて。

会社から駆けつけてくれた主人が、そのまま一緒に泊り込んでくれたこと。
出産する体力を失わないために睡眠薬を飲んで眠ったこと。
夜中に睡眠薬が切れて、ナースステーションに追加をもらいに行ったこと。
薬で眠ることが出来た私の傍で、眠れずにいた主人。
促進剤で起こす陣痛は微弱で、痛いけどなかなか生まれなかった。
地元から駆けつけてくれた母と義母。
来てくれたのを嬉しいと感じられないくらい余裕がなかった。

いろいろなことがありました。
全て、きつい思い出で、一生の中で決して戻りたくない3日間です。


促進剤を入れても弱い陣痛しか来ないのは、まだ30wだから生んではいけないという体からのメッセージだったと思います。
でもこの3日があったから、天使君に会うことに覚悟が出来たのだとも思います。


医学的な処置で生まれてきた天使君。
生まれる瞬間に麻酔を注射されました。
遠のく意識の中で「やっぱり泣かないんだ」と思ったのを覚えています。


意識が戻ってきたとき、私は「わくわく」していました。
もうすぐ会える。
もうすぐ会える。

あんなに辛かったはずなのに、そのとき私の心の中にあった感情は「歓喜」といってもいいようなものでした。
なぜか、分かりません。
でも、今でもあの瞬間だけを思い出すと「喜び」の感情がわいてきます。
あの時と違うのは、今は胸の痛い思いも同時に感じるということだけです。

天使君は1560gで、小さかった。

初めて見たその顔は不思議な感じでした。
「君だったの?」
そう思って見つめた顔の、目と目の間の距離と、たれ目加減が自分にそっくりで、とてもかわいかった。

お地蔵さんのような、きれいなきれいな顔でした。
自分の子供に対していうのも変な話ですが、「気高い」という感じがしました。

よく、生きている赤ちゃんを「天使」と評することがありますが、天使君を見てから生きている赤ちゃんは天使ではない、と感じます。
生きている赤ちゃんは命の塊という感じで、あんなに小さいのに全身で「私を生かしておいて」と要求している気がします。
強く、たくましい。

天使君は、そういうものが何もなく、しんと静まるような印象がありました。

うまくいえません。


分娩室で、体を起こせるようになってすぐ抱っこさせてもらいました。

あったかかった…。

生まれた直後の天使君はあったかくて、本当にただ眠っているだけのようでした。
陣痛室に移してもらって、パパと交互に抱っこしていたら、両方のおばあちゃんが入ってきました。

母は、泣いていました。
それがうっとおしかった。
泣くことなんかないのに、こんなにかわいくて、あったかいのに。
生きていても死んでいても、関係ない。
こんなにかわいいのに。

体に力のない小さな赤ちゃんです。
抱っこしているとすべり落としてしまいそうでした。
母と義母にも抱っこしてもらいました。
あったかい、と二人ともつぶやきました。

二人とも、まるで生きている子が生まれたように、かわいいね、かわいいね、と言ってくれました。


私が戻りたいのは、この生まれた直後に抱っこしたときです。


かわいかった。
でもその顔を、私はもうちゃんと思い出すことが出来ません。

姫や王子は、どこかしら天使君に似ていて、特に寝顔を見ているとドキッとすることがある。
だけど、子供たちを見ていないときに天使君の顔を思い出そうとしても、にごった水の中で探し物をするように、ぼやけてしまう。
目や、鼻、輪郭など、部分部分を思い出すことは出来ても、それがつながってくれない。

思い出したいのに。


病室に戻ってからも、会いたいときはいつでも会っていいですよって言われました。
退院するときは婦長さんもナースさんも集まって「お別れ会」をしてくれたこと。
看護婦さんのご好意で「手形と足型」をいただきました。

こういう経験をした中で、病院でしたいやな思いは、とても少ない方だと思います。
恵まれていた、と思います。

あの病院じゃなかったら、天使君に会えないまま、抱っこしないままだったかもしれない。
それは、辛かった、と思う。
会えたから抱っこできたから、随分すくわれたと感じます。


もし、「もう一回人生をやり直せ」と言われたら、もう十分、おなかいっぱい、と思うのですが、あの時にだけは戻りたい。
戻って、天使君をもう一度抱っこできたら、と…。
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コメント
この記事へのコメント
私の母は予定日目前に私の妹を死産したのですが、
母自身も生きるか死ぬかの状態で、
帝王切開で目が覚めた時にはすべては終わっていて、
赤ちゃんの姿は見ていないそうです。
父いわく、ちゃ~んと立派に人の姿をしていた、と。
実家のお墓、4男坊の父が建てたお墓なので、
今は私の妹だけが先に入っています。
なので、まわりの人に「ひとりっ子」と呼ばれながらも、
本当は二人だったこと、小さい頃から知っていました。
天使君のこと、そのうち姫や王子にも話してあげたいですね。
2007/10/26(Fri) 23:30 | URL  | eri #-[ 編集]
eriさんへ
コメントありがとうございます。
本当に、ありがとうございます。

お父さん、妹さんと会ったんですね。

うまく言えないのですが、人は死んでも自分が生きていたことを
愛する人に覚えていてもらいたいと思うものではないか、と思うのです。
それは、きっとおなかの中で消えてしまった命も、そうなのではないかと。

ちゃんと立派に…ってお父さんに言ってもらって、妹さんは喜んでいるのではないかと思います。
お父さん、お母さんだけでなく、お姉ちゃんが覚えていてくれていることも。

天使君のこと、姫や王子にもいつかは話すつもりでいます。
今はまだ、自分の中でもどう言葉にしたらいいか分からなかったり、
姫は「死」を怖がる気持ちが小さい頃から強いので時機を見ないといけないと感じたりで、
「お兄ちゃん」のことは話していないんですけどね。

いつか話すとき、どんな言葉で伝えたらいいか、
ゆっくり考えていきたいなと思います。
2007/10/27(Sat) 00:20 | URL  | まる #z8Ev11P6[ 編集]
ママの笑顔を愛を一身に受けながら、静かに抱っこされる天使君の様子が手に取るように伝わってきました。生まれてきたことを歓喜で迎えてもらえたこと、その事実が天使君にとってかけがえのない宝なんだろうな。まるさんだけでなく、天使くんも、ママに会えて抱っこされて、すくわれたのではないかと思いました。
2007/10/27(Sat) 09:49 | URL  | コフ #z6DrvHlY[ 編集]
コフさんへ
コメントありがとうございます。
こんな、コメントしにくい記事なのに。

ほんとに、親ばかなんですけどね。
かわいかったんですよ。かわいくて、かわいくて。
こんなにかわいいこの親が自分でいいのかなって言うくらいかわいかったです。
生きているかどうかなんて関係ない、我が子ってかわいいって。

天使君、喜んでいてくれたかな。
もしそうだったら、本当に嬉しいです。

優しい言葉を、ありがとうございます。
2007/10/27(Sat) 22:57 | URL  | まる #z8Ev11P6[ 編集]
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